薬剤樹幹注入作業 ― 2016年03月01日 10:41
今日の薬剤樹幹注入作業は、平成24年に実施した大森稲荷神社付近のクロマツ5本に対する作業である。
この場所は平成17年3月2日4本、平成21年3月3日5本(この時までは二股の木を2本と数えていた)、平成24年3月1日5本(この時から二股の木は1本と数えた)。平成24年に樹幹注入したうちの1本が松枯れで失われたが、代わりの木を選んで、今回も5本に樹幹注入を実施する。
最初に安井会長のあいさつ。
この場所は平成17年3月2日4本、平成21年3月3日5本(この時までは二股の木を2本と数えていた)、平成24年3月1日5本(この時から二股の木は1本と数えた)。平成24年に樹幹注入したうちの1本が松枯れで失われたが、代わりの木を選んで、今回も5本に樹幹注入を実施する。
最初に安井会長のあいさつ。
続いて薬剤を担当する業者から説明があった。昨年までは220ccの瓶をそのまま使用し、自然に流し込む方法だったが、今回からは2倍くらいの白い容器を使い、圧力を掛けて強制的に流し込む方法だという。
1本目のクロマツに注入する作業が始まった。
今回は薬品業者の人も何人かいるのだが意外に人が多い
これが1本目の薬剤樹幹注入クロマツ
白い薬剤が6本打ち込まれている斜めに入っている黄色い線を境に3本ずつ、判るかな。
白い薬剤が6本打ち込まれている斜めに入っている黄色い線を境に3本ずつ、判るかな。
今度はトリムランニングコースと神社への車道の交差点にあるクロマツ。いつもならこの木が1本目なのだが、今日は2本目だ。
先にグリンガードファミリーの白いケースを打ち込み、その中にグリンガード・エイト(左側の人が持っている茶色の瓶)を2本入れ、更にそこに仕掛けをする。
これで出来上がりだ。
茶色の容器はこれ。これがグリンガード・エイト。
今度は3本目、二股のクロマツに挑戦。この木は二股になっているそれぞれに白いボトルで6本ずつ打ち込む。
打ち込み終了後に写真撮影
この後更に2本のクロマツに打ち込んで終了。
最後にあづまやに集まって、薬品業者?に疑問点をうかがった。
最後にあづまやに集まって、薬品業者?に疑問点をうかがった。
安井会長(右から2人目)お礼のことば。
最後に米代西部森林管理署から参加した人も挨拶。
4月から大森稲荷神社までの道路を進入禁止にすることについて説明し、理解を求めた。
下浜地蔵尊堂 ― 2016年02月28日 07:40
今日は朝5時台から好天が予想されていた。歩き始めると、風力発電のプロペラがいつもよりも輝いて大きく見えた。
陸上競技場脇入口付近のクルマもいつもより多い。
いつも駐車したままのクルマは6台、あれ今日は7台か?
クロマツ除伐作業中のトラックは3台
以前キャタビラ車など作業車が駐まっていた場所には燃料タンクが一個だけ残されていた。
日和山近くのあづまやからは三角形の真瀬岳がクロマツ枝の延長線上に白く見える
日和山あづまやから真っ直ぐ下浜地蔵尊堂に向かう小径にも今日歩いた足跡があった。
下浜の家並みが見えてきた。下浜の住居表示は能代市日和山下だ、郵便番号は016-0808だ。
今朝のラジオでは脳トレの話をしていて、聞いた数字を、逆順に読み上げる方法を紹介していた。例えば347と聞いて743と答える方法だが、NHKの女性
アナウンサーは、「NHKの郵便番号を逆順で読み上げてください」と言われて、一呼吸置いてから1008051と答えていた。
ここが下浜不動尊堂
ここが下浜不動尊堂
風の松原 ― 2016年02月27日 13:08
昨日の朝の画像と同じにした。今朝の雪の量がわかる。昨日の3枚目の画像と比べていただきたい。
今日は雪運びの必要がなかったのでいつもよりゆっくり行動開始。
午前10時過ぎに自宅を出発、斎場前から風の松原に入った。
昨日、今朝と降雪があったので、この道は今朝、歩いた人がいた証拠。本当は左側に入りたかったのだが、普通の長靴だったので右側に向かった。
ここには一週間近く入らなかったので、黒松被害木の伐採は終わっていた。
伐採したクロマツは、このように2㍍間隔で切られている。
ここはクロマツではなく赤松だった。
左は作業車も通っているが、右に上っているのは、長靴で歩いた足跡だけ。
作業車が相当のスピードで通って行った。
昨日今日のタイヤ跡にキャタビラ跡は見られなかった。
昨日今日のタイヤ跡にキャタビラ跡は見られなかった。
昨年までは、除伐した木は数箇所に纏めて置かれていたが、今年は、作業したその場所にそのまま置かれていることが多い。
ここは1㍍弱の長さに小さく切られていた。
ここは1㍍弱の長さに小さく切られていた。
ここを歩いていた時にメールが届いたが、画面をみても、まぶしくてよく見えなかった。
今日はNHKラジオの川柳入門を聞きながら歩いていた。いつも面白い句があり、その時は覚えたつもりでいるのだが、家に着いた時にはすっかり忘れていることが多くなった。忘れたことを思い出して、どんな句だったか?と思い出そうとしているうちはいいのだが、良い句を聞いたことさえも忘れるようになってきた。
そこで、今日はその句をすぐにメールにして自宅に送った。
明るい句 必死にひねる 暗い顔
お題が「明るい」だったのだ。この句を聞いてすぐ、大学時代に読んだ魚返善雄の『漢文入門』という文庫本を思い出した。現代教養文庫の一冊だった。
この本はよくわかる漢文入門だった。面白い本だった。しかし、あとがきにある「父魚返善雄の思い出」という娘さんの文章を読んで、今日のこの句と同じだと感じた。
今日、家に帰ってすぐこの文庫本を探しだして読み直した。昭和41年12月15日発行だった。卒論を提出し、一段落したあと、島野武さんの選挙事務所のアルバイト料で買った本だった。定価160円。
魚返善雄の娘さんは次のように書いている。
「とにかく彼は、いつも、どの本も姿勢を正して書いた。身も心もである。読む人にはどれほど面白おかしく書き飛ばしたように見えても、実は呻吟に満ちている。」
この本が出版された時、彼は故人となっていた。
そこで、今日はその句をすぐにメールにして自宅に送った。
明るい句 必死にひねる 暗い顔
お題が「明るい」だったのだ。この句を聞いてすぐ、大学時代に読んだ魚返善雄の『漢文入門』という文庫本を思い出した。現代教養文庫の一冊だった。
この本はよくわかる漢文入門だった。面白い本だった。しかし、あとがきにある「父魚返善雄の思い出」という娘さんの文章を読んで、今日のこの句と同じだと感じた。
今日、家に帰ってすぐこの文庫本を探しだして読み直した。昭和41年12月15日発行だった。卒論を提出し、一段落したあと、島野武さんの選挙事務所のアルバイト料で買った本だった。定価160円。
魚返善雄の娘さんは次のように書いている。
「とにかく彼は、いつも、どの本も姿勢を正して書いた。身も心もである。読む人にはどれほど面白おかしく書き飛ばしたように見えても、実は呻吟に満ちている。」
この本が出版された時、彼は故人となっていた。
風の松原の「茶屋」 ― 2016年02月17日 11:47
能代運輸は下請け? ― 2016年02月12日 11:46
昼休みに歩く ― 2016年02月04日 13:22
今日は伐採作業の邪魔にならないようにと昼休みの時間帯に歩いた。松原到着は11:57分。ちょうど軽自動車が1台帰って行ったところだった。
今日は、昨日よりも少し南側、健康づくりのみちNo.9から西へNo.4を目指そうとした。
途中、林内からサン・ウッド能代の駐車場が見える。12時だというのに車が一杯。午前中の行事は終わったと思うが。
No.9地点から左に入る。
No.8地点 ここから斜め右に入る
こういう風景を見ると「春も近い」と感じる。今日は立春だった。
この写真右の倒木は昨年春に折れたクロマツ。左側に半分裂けたような木が立っているが、それが根元の部分。
林内では伐採作業の最中だったが、除伐の赤いハチマキもなかったこの木は、そのまま1年間残されていた。今年は赤いハチマキを巻いているから運び出されるだろう。
林内では伐採作業の最中だったが、除伐の赤いハチマキもなかったこの木は、そのまま1年間残されていた。今年は赤いハチマキを巻いているから運び出されるだろう。
No.2地点。私が行こうとする方から人が来た。
No.6地点にはジョギングコース40番地点の標識も一緒に立っている。
今回は下りて行かなかったが、高床式東屋からは西に(海の方角に)降りて行く径もあり、今日も足跡があった。
私は南にむかった。今日は27番地点から左折、カシワの多い小径を通って戻ってきた。なぜかこの付近の画像はなかった。
次の画像はNo.12地点。今日は左の道から戻ってきた。
東屋を通り、トリムランニングコースに入ると、向こうから来る友人に出会った。この人とは2月20日に「2三土曜会」という会で飲むことになっている。
「この会も今回を持って最終となります。「朔風の会」と合わせて13回を数えます。
というハガキが今日届いた。
この写真の撮影時刻は12:51分。このあと木製遊具の工事現場をみてから帰宅。
昼休み時間だからあたり前だが、チェンソーの音も、伐採した木も根株も一箇所も見つからなかった。
昼休み時間だからあたり前だが、チェンソーの音も、伐採した木も根株も一箇所も見つからなかった。
8100本伐採 ― 2016年02月03日 10:44
今日の地元新聞に「危害木8100本を伐採」の記事
1月28日のブログに書いたが、1月中はどこで作業をしているのか、重機の姿も、キャタビラの跡も見えなかったが、いよいよ本格的に始まったことがわかった。
今日の記事にはいわゆる「松くい虫」のことを詳しく書いていてわかりやすい。
1月28日のブログに書いたが、1月中はどこで作業をしているのか、重機の姿も、キャタビラの跡も見えなかったが、いよいよ本格的に始まったことがわかった。
今日の記事にはいわゆる「松くい虫」のことを詳しく書いていてわかりやすい。
今日の陸上競技場側入口には9時半頃に森林監督署の車も来た。
その北側には重機やキャタビラ車も。
林の中を覗くと2㍍に除伐された木の山 右手には切り株が見える
切り株はかなり太い木だったことがわかる。切り株の番号は「B254」白いラベルだった。
メジャーで測ると長辺が790。年輪の外側が黒ずんでいる。短辺は700。
かわいそうなことに、近くには重機で傷つけられたクロマツもあった。この傷がマツノマダラカミキリの侵入口にならなければいいのだが。
近くにはこんな場所もあり、切り株があった
直径を測ってみると50㎝、年輪の外側に黒ずんだシミはなかった。
切り株の番号は「赤366」
切り株の番号は「赤366」
回りを見るとニセアカシアやそのほかの木の倒れたものが沢山あった
そこを抜けたら下浜方面に向かう車道だった。その脇にも伐採木の山
9本に分かれているが、1本は2㍍。これが1本の立木だったとすれば、約18㍍の木だったことになる。切り口をみたら外側が黒ずんでいる。これがマツノザイセンチュウの被害を受けた証拠。
切り株を探したら、道路向かい側、新たに植林した場所の脇にあった。
直径を測ると501㎜。切り株番号は「C203」白ラベル。
年輪の外側が黒いクマができているから、あの9本に分割されたのだろう。
年輪の外側が黒いクマができているから、あの9本に分割されたのだろう。
この切り株の向かいにこんな昔の標識がある。この標識は私が歩き始める前からあるから平成13年頃までには出来ている。
この右側には、こんな標識も。手で指さしている。
ウッドチップ歩道が出来てからはここを上る人はいないだろう
こんな切り株があった
伐採した木を梢の方から2㍍ずつに切ってきたら、根元近くが短くなったのか? 切り株のラベルは「青268」だった。
直径を測ってみると「青268」 切り株の年輪に黒のクマはついていない。
すぐ近くが五輪塔だった。そこから太平山神社にお参りに行った人がいた。
ここからは日和山あずまやが見える
その先のウッドチップ歩道を赤いテープが遮っていた
よく見ると伐採した木の上で作業員が2人休んでいた。時計を見ると10時5分、休憩時間なのだろう。
この赤いテープは作業範囲を示したものなのだろう。
ここからは能代一中がよく見える。一中の裏山なのだ。
倒れたニセアカシアも2㍍で切ってあった。有難い。昨年まではそのまま残されたこともあったが。
平成17年から19年まで、健康づくりのみちの工事をしていた時はニセアカシアも切り倒して、下浜の近くでチップに加工して、ウッドチップ歩道に敷き詰めたものだったが、その後は「作業はクロマツだけ」と言わんばかりに見捨てられていた。今年、クロマツ以外の倒木も処理してくれれば、おお助かりだ。
今季初の真冬日 ― 2016年02月02日 12:00
地元新聞では「能代山本地方は1日、強い冬型の気圧配置で冷え込みが激しく、能代市能代地域の最高気温は氷点下0.2度にとどまり、今季初の真冬日となった。」「・・・昨季より48日遅い初の真冬日を観測」とも書いていた。
昨日の新聞報道の車止めが設置される場所はこの2本のクロマツより5mほど奥だ。
今日は道路がカチカチに凍っていてすべりやすい。そこで左端の方を歩いた。
木製遊具の掲示板には1月23日に設置され、1月24日には4枚に減っていた書類が8枚に増えていた。
この地点ですれ違った人たちのあいさつは「今日はスベルね」だった。
昨日の新聞記事では「最近は白砂青松を目指して雑木を刈り払う市民団体の活動でできたスペースが駐車を誘発。」と報じていた。
そこでその場所を点検。今回雑木を払ったのはここから。
この軽自動車が駐まっている場所は、故大槻さんがよく駐車していた場所。A子さんが犬の散歩に来た時にもよくここに駐めていた。
ここも駐車の跡がある。
ここも駐車の跡
トイレ向かいのこの場所もそうだ。先ほどの「ここから」からここまでが雑木を刈り払った範囲。
新たに駐車した場所もあったが、ほとんどは昔から駐車していた場所だった。
いこいの広場には雪がない場所もあった。
いこいの広場には雪がない場所もあった。
道路がツルツルに凍っていたので、今まで歩いていないこんなところを歩いたが、すでに先客があった。
車の進入禁止 ― 2016年02月01日 10:04
今朝の地元新聞1面をコピーしました。
「風の松原 車の進入禁止」報道に、なるほどと思いながらも驚いたからです。
「風の松原 車の進入禁止」報道に、なるほどと思いながらも驚いたからです。
私が昨年12月23日のブログに「新たな車止め設置?」の記事を書き、翌日のブログには「車止め設置」を書きました。もう一度画像を載せると、23日に船泊近くで見つけたのがこのコンクリートブロック。
同じく23日に長慶寺近くの入り口でこの路面を見た。
拡大するとこうなる。このブロックの穴は、
翌日、別の場所で、このような形で現れた。
これが高さ80センチ、横75センチのU字型の車止めだと思います。
普段松原内に駐車している人たちは、松原を散策する人が主です。その人たちは墓地公園脇に駐車することになると思います。
意外に多いのが、昼食時に松原内に駐車して弁当を食べたり、休憩したりている人たちです。
記事の最後には「近くに駐車可能な市営施設がある」とも書いていますが、それは「サン・ウッド能代」を指していると思いますが、日中はサン・ウッド利用者の車で満杯です。そこを松原散策者に開放するには無理があります。
現状では、斎場向かい側の駐車余地をアスファルト舗装して駐車場として位置づけるのがいいのではないかと思います。
陸上競技場近くには民間の空き地や空き家があるので、それらの場所を市が借り上げて駐車場にすることも考えられると思います。
普段松原内に駐車している人たちは、松原を散策する人が主です。その人たちは墓地公園脇に駐車することになると思います。
意外に多いのが、昼食時に松原内に駐車して弁当を食べたり、休憩したりている人たちです。
記事の最後には「近くに駐車可能な市営施設がある」とも書いていますが、それは「サン・ウッド能代」を指していると思いますが、日中はサン・ウッド利用者の車で満杯です。そこを松原散策者に開放するには無理があります。
現状では、斎場向かい側の駐車余地をアスファルト舗装して駐車場として位置づけるのがいいのではないかと思います。
陸上競技場近くには民間の空き地や空き家があるので、それらの場所を市が借り上げて駐車場にすることも考えられると思います。
ロケット場方面 ― 2016年01月31日 11:55
先週から、港湾道路からロケットセンターに向かう入口で工事が行われていたが、今日は日曜日なので歩いて見た。
入口に何枚も標識が立ったが、この標識は護岸工事だから違う
この工事が何をしているか知りたいのだが、これは入口の幅を広げるためなのかな?
重機の脇に立っているこの地図は、前はここになかったが、新しい地図でもない。他の場所から引っ越してきたのかな?
この標識は10月末まではなかった。
これも古い標識で、あちこちに立っているが、ここにはなかったと思うよ。
これは立て直したのかな。
立て直したにしては、わざわざクロマツを切って斜めに整地したのに、こういう標柱を立てたのでは理屈に合わない。「入口を広げるため」と考えた私の前提が間違いなのだろう。
50mほど入った場所にもクロマツを10本近く切って整地した場所がある。ここは何に使うのだろうか? 駐車余地?
これが風車1本目手前にある。2本目以降には道路反対側に駐車余地のようなものも作られていない。
こんな敷地だ。切り取った松の根は掘り起こしたわけではなく、
このように赤いペンキを塗って残してある。
1本目の風車の基礎部分
1本目の向かい側のクロマツだけが、庭の松のように植栽されており、松林内のクロマツと異なっている。
これが2本目の風車の基礎部分。以下10本目の風車まで基礎部分は同じように完成していた。
疑問に思ったことは、敷地内のクロマツは入って左手奥まで除伐されたのに、基礎は右端(と思われる場所)に作られたことだ。なぜだろうか?
また、道路に面したクロマツはロープで固定されたのに、8番目風車手前のこのクロマツだけは切った方がいいと思った。
また、道路に面したクロマツはロープで固定されたのに、8番目風車手前のこのクロマツだけは切った方がいいと思った。
9番目の風車はこの先、浜浅内に左折する道路の先にあるが、10番目の風車は右に曲がって、浜に出てから設置されている。そこで右にカーブする道路を作っていると思うが、
このカーブに電柱1本とクロマツ10本ほどが残っている。
9番目はここ
この道路を直進するとB地区の工事現場があるはずだが、この道は狭いので工事車両は使っていないようだ。
このカーブを右折、海岸に出ると10基目が見えてくる。
能代火力発電所は北に見える
海岸線に出てみると歩いている人がいた
男鹿の山々が見える
風車の列も
海岸クロマツの最前線は
柵で防御している
少し道路側に戻るとニセアカシアが生えていた。ニセアカシアはクロマツの強敵だから今のうちに除伐しておいてほしい。
10番地点から1㌔程進むと、b地点に向かう案内板がある。
B地区に行けば新しく作られる風車の基礎部分がもう10個分ほどあるようだが、家に戻って女子マラソンを見たいので、今日はここまで。
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